笛パラ!!のSense of Wonder

ライブのお客様からいただいたこんなメッセージ。
<お二人が「おもろいなー」と思ったり、体験したり、
そんなSense of Wonderな気持ちが曲になっていて感動。そういう視点が好き。>

日々出会うちょっとしたモノ・・・時々出会う面白いコト・・・
それが笛パラ!!をつくる素になる!

Sense of Wonder は
「不思議さや神秘に驚く感受性」
「面白がる能力」のこと。
「沈黙の春」で知られるアメリカの女性科学者レイチェル・カーソンが
彼女の幼い甥っことの生活を綴った著作
「センス・オブ・ワンダー」に由来する言葉。
折々のコトバ その5/イチロー・元プロ野球選手
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    <小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています>

    イチロー・元プロ野球選手 

     

    「野球が好きでグラウンドに立ちたい、というのがボクの原点。

    打率を目標にしたら、打席に立ちたくなくなる可能性がある。

    それは本意でないから目標にはできない。

    自分にとって満足できるための基準とは、

    少なくとも誰かに勝った時ではない。

    自分が定めたものを達成した時に出てくるものです。」

     

    のだヤン:

    めっちゃ難しい曲でも、毎日ちょっとずつ欠かさず練習してたらいつの間にか吹けるようになってる、ってことあるよね。作曲だって、いい曲出来ない時でも、とりあえずなんか作ってみる、ということを日常化するように自分に義務付けとくのが大事、と思ってます。

     

    ゆりヤン:

    誰かに勝つことではなく、こういう自分になりたいというもっと大きな目標があったから、より、果てしなく大きなエネルギーを燃やし続けることができたんですね。

     

     

    <〜折々のコトバ〜 について>

    うん、その通り!!と膝を叩いたコトバ、

    悩んでいる時に救われたコトバ、

    自分とは全く違う発想・モノの考え方に

    眼を開かせてもらったコトバ・・・。

    野田がここ20年以上集めてきた、

    新聞や雑誌や本などで心に響いたコトバの数々を、

    私たちDUOからのちょっとしたコメントとともに

    折々紹介していきたいと思います。

    | 折々のコトバ | 22:16 | comments(0) | - |
    <ねこふんじゃった>
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      子供のころ、いたずら半分に弾いたことのある人も多い、大半をピアノの黒鍵だけで弾けるあの曲。

      日本では「ねこふんじゃった」という曲名だが、世界中で広く弾かれているという!へえ〜知らんかった〜。

      19世紀ロシアの音楽家が英国の童謡をもとに作ったらしい、とか、

      日本には明治後半に伝わったようだ、とか諸説あるが確証は乏しく「作曲者不詳」とされている。

      ・・・でね、おもしろいのが世界各国での曲名。

      「ねこの踊り」(韓国)、「子ねこの舞」(台湾)、「黒ねこのダンス」(ルーマニア)、

      ほかは「犬のワルツ」(ロシア)、「豚のワルツ」(スウェーデン)、

      「ノミのワルツ」(ドイツ)、「お猿さん」(メキシコ)、

      「アヒルの子たち」(キューバ)、「ノミのマーチ」(ルクセンブルク)、

      「カツレツワルツ」(スイス)、「チョコレート」(スペイン)、「公爵夫人」(デンマーク)・・・。

      どこでも「ねこ」、ではないネンなあ!マーチはわかるが、ワルツが結構多いのにもびっくり。

      でもあの曲をワルツで弾くとまた別の曲に聴こえて愉快。

       

      | その他 | 16:40 | comments(0) | - |
      『ルリボシカミキリの青  福岡ハカセができるまで』/福岡伸一
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        みずみずしい感受性あふれる、叙情的でさえある文章で幅広い読者をもつ生物学者・福岡ハカセは「子供のころルリボシカミキリの青に息をのんだ瞬間が私自身のセンスオブワンダーだった」と書く。

        連載時からファンだった週刊文春コラムが一冊の本にまとまったのを改めて読むと、ハカセの言う「何か好きなことがあり、その好きなことをずっと好きであり続けられる」人であることがどんなに素敵なことかワクワクする!!

        少年時代に首長竜の化石を発見し『フタバスズキリュウ』にその名をとどめた鈴木直さんの講演をハカセが聴きに行く『鈴木少年の大発見』にドキドキ!

        与謝野晶子の短歌を引いて講演を終えた鈴木さん、シビレる〜!

        <劫初より造りいとなむ殿堂にわれも黄金の釘一つ打つ>

        創作をするひとはこういう心づもりでいないとアカンぞ!と背筋を伸ばさせてくれる、

        これはボクの大切な歌なのでここでそれにたまたま出会ってまたまたドキドキ(嬉)!

         

         

        | こんな本を読んだ | 17:33 | comments(0) | - |
        折々のコトバ〜その4/お笑い手品師・マギー審司が師匠のマギー司郎を語ったコトバ
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          <マジックは素晴らしいのにお客さんに覚えてもらえないマジシャンは大勢いる。

          ところが師匠(マギー司郎)は逆なんですね。

          お客さんはどんなマジックを見たかは忘れてもマギー司郎を見たことは忘れない。

          それはお客さんに技術でなくて、人間としての魅力で向き合っているからだと思うんです>

          お笑い手品師・マギー審司

           

          のだヤン:

          これ素晴らしいコトバですね!!司郎さんもすごいし、その極意をこうやってキャッチでした審司さんもすごい!

           

          ゆりヤン:

          うん、そうだ!私もマギー司郎さんは脳裏に焼き付いてます。マジックの中身じゃなくてマギーさんのあのキャラクターの面白さをありありと思い出します。マジックは、マギーさんの人間の魅力を引き立てるための道具だったんだ。まずは<人間の魅力>ありきだったんだなって。

           

           

          <〜折々のコトバ〜 について>

          うん、その通り!!と膝を叩いたコトバ、

          悩んでいる時に救われたコトバ、

          自分とは全く違う発想・モノの考え方に

          眼を開かせてもらったコトバ・・・。

          野田がここ20年以上集めてきた、

          新聞や雑誌や本などで心に響いたコトバの数々を、

          私たちDUOからのちょっとしたコメントとともに

          折々紹介していきたいと思います。

           

          | 折々のコトバ | 15:11 | comments(0) | - |
          折々のコトバ〜その3/落語家・桂文珍
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            <笑う好みが同じ人と 夫婦なりビジネス仲間になるといい・・・泣くのは皆だいたい同じ場所で泣きます>

            落語家・桂文珍

             

            のだヤン:

            誰かと映画とか見て一緒に泣いたからってホントの意味での友達になれヘンよね。

            それより大事なのは笑いのセンスやね!笑いのセンスが近い人と飲むと楽しいよね!!

             

            ゆりヤン:

            人が「泣くとき」って、みんなが持っている悲しさ、やりきれなさ、哀れみまたは苦難を乗り越えたときの達成感とか、万人に共通の「心を大きく揺さぶるもの」に出会ったときだと思うけど、「笑うとき」の原動になるのは、どってことないほんのちょっとの「間」や「可愛いさ」「可笑しみ」を感じるツボ。そのツボの感覚にはそれぞれその人のバックボーンによってさまざまな違いがあるんだと思います。

            一緒に笑えるってことは、そのツボを共有できる貴重なメイトってことなんだ。

             

            のだヤン:

            たまに逢って「敬語でお話しする」程度のおつきあいなら笑いのセンスが違っても困らないけど、

            毎日の日常を一緒に過ごす相手とは、そんな「どってことない」ことに感じる笑いのツボが似てないとシンドイやろね!

             

             

            <〜折々のコトバ〜 について>

            うん、その通り!!と膝を叩いたコトバ、

            悩んでいる時に救われたコトバ、

            自分とは全く違う発想・モノの考え方に

            眼を開かせてもらったコトバ・・・。

            野田がここ20年以上集めてきた、

            新聞や雑誌や本などで心に響いたコトバの数々を、

            私たちDUOからのちょっとしたコメントとともに

            折々紹介していきたいと思います。

             

             

            | 折々のコトバ | 18:35 | comments(0) | - |
            <ドクダミのつぼみ>
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              近所の空き地でいっぱい咲いてたのをちょっと摘んできた。

               

               

              ドクダミは葉や茎を切らなければあの強烈な匂いはしない。

              以前に近くのお寺の空き地を50坪ほど借りて15年ほど自家菜園をやってたとき、

              ドクダミははびこって困るほどの雑草扱いだったけど、

              こうやって二輪ほど挿してみるとなんとも風情のあること!

              茶花として茶室の床の間に活けるだけのことはあるんやなあと思いました。

              小さなバラみたいなつぼみがまたシビレる。

               

               

              | 生きもの | 15:06 | comments(0) | - |
              居職
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                作曲家として

                劇伴音楽(テレビ番組や舞台演劇の背景音楽のこと、

                ゲキバンと読みます)を日々作曲していた頃、

                友人の小説家に「作曲家もイジョクだね」と言われ

                「居職」という言葉を知った。

                1日じゅう家に居てするしごとのことを言うそうだ。

                指物師、焼き物師、竹細工職人などのしごと。

                それに対して、

                大工とか左官など外に出かけて行ってするしごとは

                「出職」(デジョク)というらしい。

                「だから、オレ、小説家も居職だよ」

                「そっか、家に居てピアノの前か机に向かって

                五線紙に楽譜書いてるから、オレも居職やね」

                 

                居職だった私が40歳すぎて笛に出会って、

                コンサート活動をするようになった。

                リハーサルもコンテンツ創作も家に居てするけど、

                それは準備作業であって、収入にはならない。

                大工さんが家でカンナの修行するのと同じ。

                外に出かけて行って、準備作業の成果を披露して

                収入に繋げないとね。

                だからコンサート活動は「出職」。

                早く出職にカムバックできる日がくることを祈りつつ、

                リハーサル、創作に励むこの春。

                自粛要請による「家におこもり」ってタイミングで

                思い出した言葉「居職」。

                元祖テレワーク?ちょっとちがうな(笑)。

                ちなみに、作曲は、今でも未だに、

                鉛筆と消しゴムで五線紙に書いてます。

                 

                | その他 | 18:56 | comments(0) | - |
                折々のコトバ〜その2/歌手(ゴスペラーズ)・北山陽一
                0

                  <歌ってほしい と思ってもらえるから 歌手は歌える>

                  歌手(ゴスペラーズ)・北山陽一

                   

                  のだヤン:

                  われわれミュージシャンが忘れてはいけない大事なことやね!!

                  作家の瀬戸内寂聴さんも

                  「書いて生きさせてくださったのは世の中。私の力ではないと思います」と

                  おっしゃってますね。

                   

                  ゆりヤン:

                  音楽は一方通行ではなくて、音を発する人、それを受けとめる人、

                  双方がお互いに惹きあってこそ生まれるものなんだな、と思います。

                   

                   

                   

                  <〜折々のコトバ〜 について>

                  うん、その通り!!と膝を叩いたコトバ、

                  悩んでいる時に救われたコトバ、

                  自分とは全く違う発想・モノの考え方に

                  眼を開かせてもらったコトバ・・・。

                  野田がここ20年以上集めてきた、

                  新聞や雑誌や本などで心に響いたコトバの数々を、

                  私たちDUOからのちょっとしたコメントとともに

                  折々紹介していきたいと思います。

                  | 折々のコトバ | 18:52 | comments(0) | - |
                  『画にもかけない』『我思古人』/中川一政
                  0

                    折々に読み返しては勇気とヒントをもらえてる大事な本。

                    生前アトリエのあった真鶴に美術館がある

                    画家・中川一政(写真は昭和63年95歳のとき!)によるエッセー集。

                    世界中に拡がる新型コロナウィルスの厄災と困難の中、

                    3月末のドイツ政府の

                    「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要」

                    との声明を読んで、

                    『我思古人』の一節を思いだした。

                     

                    「ドイツの画家デューラーが宮廷の壁画をかくのに梯子に登った。

                    はしごがぐらぐら動いたとき、皇帝が思わず梯子を押さえられた。

                    侍従が皇帝に向かってその軽はずみをお咎め申し上げた。

                    皇帝はこう云われた。朕の如き皇帝はこれからも出るだろう。

                    デューラーのような絵かきは前にも出なかったし、恐らく今後もでないであろう。」 

                    「ピアニストのパデレフスキーは、ポーランドの宰相でもあった。

                    宰相としてフランスに行った時にこう云われた。

                    あなたが音楽家のパデレフスキーですか。そうだと答えると、こう言われた。

                    何故音楽家のパデレフスキーが一国の宰相のようなものに身を落としたか?」

                     

                    中川一政は「こういう話をきくと気が大きくなるだろう」と結ぶ。

                    シビレるわ〜!

                    ヨーロッパで文化が大切にされている実感が伝わってきて気持ちが明るくなるね。

                    ひるがえって日本はどうよ。

                    宰相は自宅でくつろいではるんやて(悲)。

                    <2020.4FB掲載>

                     

                    | こんな本を読んだ | 16:48 | comments(0) | - |
                    折々のコトバ〜その1 /ジャズベーシスト・鈴木良雄
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                      <音楽とは スタイルの新旧でなく 深さなんだ> 

                      ジャズベーシスト・鈴木良雄

                       

                      「米国に渡るまで

                      (ドラムの)アートブレイキーのスタイルはもう古いと考えていた。

                      マイルウデイビス達がどんどん新しいスタイルで作品を出していたし、

                      僕も新しいものばかり追いかけていた。

                      でも実際にニューヨークでブレイキーを聴いたら、

                      とにかく音がいい。

                      音色がきれいでドラムが鳴っている。

                      聴衆として感激してしまった。

                      音楽とは、スタイルの新旧でなく、深さなんだ、と知った。

                      追いかけることをやめ

                      日本人である自分にしかできない音楽、

                      自分の奥から湧き上がってくる音楽をやりたいと思いました。

                      空間や間が心地よく、

                      絵が見えてくるような音楽が僕は好き。

                      聴いたあとで口ずさめるような、

                      さわやかになれる曲が好きなんです」

                       

                      のだヤン:

                      全く同感(嬉)!

                      自分でもいつも目指していることやね!

                      ジャズミュージシャンはちょっと難解な音楽を好む人も多いけど、

                      チンさん(鈴木良雄さんのニックネーム)の口から

                      こういうコトバが聞けたのがとってもうれしいわあ!

                       

                      ゆりヤン:

                      数年前、ニューヨークから一時帰国してた

                      友人のジャズドラマーひらちゃん(平川雄一さん)の

                      池袋のジャズバーでのチンさんとギターの増尾好秋さんとの

                      トリオライブを聴きに行きました。

                      シンプルで耳にスッと溶け込み、

                      優しくうるおしてくれるような

                      チンさんのオリジナルのメロディが沁みました。

                      皆が共感できる音楽を作る人は、

                      心の有り様が素敵なんだな、と思いました。

                       

                       

                      <〜折々のコトバ〜 について>

                      うん、その通り!!と膝を叩いたコトバ、

                      悩んでいる時に救われたコトバ、

                      自分とは全く違う発想・モノの考え方に

                      眼を開かせてもらったコトバ・・・。

                      野田がここ20年以上集めてきた、

                      新聞や雑誌や本などで心に響いたコトバの数々を、

                      私たちDUOからのちょっとしたコメントとともに

                      折々紹介していきたいと思います。

                      | 折々のコトバ | 16:26 | comments(0) | - |